子どもたちの個性をつぶす日本の教育に疑問

私は6さい息子のお母さんです。春から小学生です。
タイトル通り、私は日本型教育を理解できないので、日本から脱出したいと思っています。
ただ、そんなに簡単に日本から出られませんので(主に経済的に、むしろ理由はそれだけ)、せめて家庭では日本型に染められないように子どもとの時間を過ごしたいと日々考えています。

もちろん、自分は日本で教育を受けてきましたが、もう少し自由だった気がする。
最近は、もうなんか日本の兵隊作るための義務教育ですか!?っていう苛立ちさえあります。
自分がお母さんになったのもありますし、色んな子どもたちと接してきて、本当に子どもたちの個性つぶさないで!怒
いよいよもうすぐ息子が小学生になろうとしているので、日本的教育に染められやしないか、母ナーバスです。

 

日本の教育の理解できないところ

・みんな一緒に!精神。
→軍隊か。

・みんなと違うと問題児扱い。
→個性です。

・意見を言えるタイミングが少ない。
→基本生徒は受け身。これじゃ自分の発想で考える力はつかない。

・空気を読むのが「良し」とされる。
→大人が都合良いだけでしょ。

・「普通は○○○」が多い。
→普通ってなに。誰が決めたの。特に子どもが描いた絵の色に物申す大人は最悪ですね。むしろお主の感受性の方が乏しいわい。

・子どもの興味無視。
→興味があることが一番伸びるし、そこから学びに繋げるのが大人の役割でしょ。

・決められたカリキュラムを詰め込むだけ。
→そうじゃない人もいるけど、ほとんどそう。そんなのロボットでいいわ。

・勉強、成績第一。
→心を育てる一番大切な子ども時代に勉強ばっかりして、もっとやることあるでしょ。

・校則の意味不明
→髪の毛とか、制服とかどうでもよく無いですか。人としてのルールで十分でしょ。
と思ったので校則がほぼない高校に行きましたが、同じような思いでこの高校を選んでる自分の友達や、先輩、後輩はみんな違ってみんな素敵。

・プログラミング教育の導入

プログラミング教育とは、子供たちに、コンピュータに意図した処理を行うよう指示することができるということを体験させながら、将来どのような職業に就くとしても、時代を超えて普遍的に求められる力としての「プログラミング的思考」などを育むことであり、コーディングを覚えることが目的ではない。

参考:文部科学省 小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について(議論の取りまとめ)

文部科学省はこう言ってますが、兵隊育てるためかってやっぱり思ってしまう。本当に勘弁してほしい。
でも同じページでこうも言っています。

将来の予測が困難な時代の中で、これからの子供たちに求められるのは、これまでにないような全く新しい力ということではなく、従来からも重視されてきている読解力や論理的・創造的思考力、問題解決能力、人間性等について、加速度的に変化する社会の文脈の中での意義を改めて捉え直し、しっかりと発揮できるようにすることであると考えられる。

これについては激しく同意。
でもプログラミング教育の話の中でこれを言うのは矛盾している気がする。無理やり音楽とか図工の授業ともプログラミングを結びつけようとしているようですが。

AI化が進むからこそ、ロボットにはできない温度のある人間力を重視する教育をするべきと思いますが。違うのでしょうか。。

 

義務教育とは

義務教育って、「子どもに受けさせなければならない」という意味の義務でももちろんあると思いますが、先ほどの文部科学省のページでハッキリと

「各個人の有する能力を伸ばしつつ社会において自立的に生きる基礎」を培うこと及び「国家社会の形成者として必要とされる基本的な資質」を養うことを目的とする義務教育

「国家社会の形成者として必要とされる基本的な資質」って言ってますね。
これが、私にはAI化するとプログラミングの仕事ばっかり増えるから今のうちに兵隊増やしとこう!に聞こえてならないのです。

 

子どもの個性を伸ばすには「邪魔しない」

別にプログラミングが悪!と言っているわけではありません。それが得意ならやるべきだと思います。
就学前のお子さんを持つお母さんの中で、うちの子プログラミングの才能あるかもしれない!という片鱗を見せているなら、ぜひその才能を伸ばしてあげて欲しいと思いますが、どのくらいいるんでしょうか。プログラミングに興味を持って、それを得意とする未就学児が。

うちの子は絵が上手!とか、折り紙が好き!とか、お友達に優しい!とか、ひょうきん!とか、もう全部才能だし、個性です。
そんなことできても、勉強できるようになるわけじゃないし、将来それを生かせる仕事なんてないじゃない。と思いますか?
これこそ文科省も大切にしているはずの創造力だし、そういう人間的な暖かみのある部分はロボットには奪われないと思うのです。

子どもたちって創造力の塊です。それを潰してるのは完全に大人だと思います。日本型教育もしかり。
うちの子創造力が無くて。。と嘆く前に大人が邪魔していないか振り返ってほしいと思います。邪魔さえしなければいいんです。

子どもたち自身が見つけた興味や才能こそ伸びる可能性があるし、それをみんなと同じ型にはめるのは本当にもったいないと思います。

 

家庭ではせめて個性を伸ばせる環境に

とりあえず、あと2ヶ月もしないうちに日本の教育を目の当たりにするわけです。
すでに入学説明会で、「おうちでもよくお話しておいてください」とか言われましたが、「私たちのやり方の邪魔しないように子どもに言い聞かせといてください」と言われているような気がして。。もう斜に構えすぎですね笑  いかんいかん。

それでも、公立ですが、自然に触れたり、芸術的な部分に割と力を入れている学校のようなので、楽しみでもあります。
が、できるだけ早く日本脱出したいです。今はドイツに行きたいと思っています。

これから通う小学校がどうか日本型教育過ぎないことを祈りつつ、家庭では子どもの興味に付き合って、とにかく邪魔をしない
学校に合わせて「あれしなさい、これしなさい」「あれはだめ、これはだめ」は無しです。

「う○ち」とか「おしり」だって、立派な興味のひとつですよ笑

これを、「汚いからやめなさい!」と言わずに(ごはんの時はいけませんね)その興味に付き合ったら、将来とんでもない研究者になるかもしれません。
ノーベル化学賞とかもらっちゃうかも。

うちの息子は「おしり派」です。
なんでも大人が過剰に反応するとおもしろがるので、真剣に向き合っていきましょう。たとえ「おしり」についてだとしても。